199494 ランダム
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ふらっと

ふらっと

グリフォン遭難

巡洋艦テネレでは予想外に早く、強力な引力圏に捕らえられ、自艦の推力だけでは進路変更を行ったとしても、艦体そのものを腹から引っ張られて脱出できないだろうというレッドゾーンに引き込まれていた。
「や、やはり新型モビルアーマーのサイコフレームが原因でしょうか?」
「グリフォンはそう言っているが、試験途上の機体を投棄することはできん。まったく、厄介なことになったものだ」
「グリフォンは下から押し上げると言っていますが、ぶつけてくるでしょうな。もしモビルアーマーの格納庫周辺にクラックでも入ったら・・・」
「しかし残り3分ではもう停められん。全艦に対ショック防御発令、モビルアーマー格納庫からは全員避難せよ」
 コーラン艦長の号令をシノザカ副長が復唱し、それを伝令として通信士がアナウンスする。同時にブリッジ内の全員がシートに身体を固定し、機関士は推力をどこで全開にするかのタイミングを計り始めた。
「艦長、グリフォンが下舷ゼロ方位から艦首に回り込みます。接触まであと2分」
 誰からの報告かはコーランも聞いていなかった。これでグリフォンが突進してくる爆音でも聞こえれば、心理的な覚悟を決められるのだが、ブリッジ内に流れているのは全艦交信の様々な伝令と自艦の動力音のこもった響きと、そしてセンサーが知らせてくる警報の音だけだ。
「サイコミュ兵器がトラップの核だとグリフォンの船長は言っていたな。いったいどういうことなのだ?」
「詳しくは分かりませんが、サイコミュはもともと脳波を電気的な通信パルスに変換して、無人攻撃機を遠隔操作するシステムでした。しかしバイオセンサーやニュータイプパイロットの感応によっては、リモコン操作とはまったく異なる独自の力場を発生させることがあると、物の本で読んだことがあります」
 コーランの疑問に答えたのは、シノザカの個人的な対応だった。だから次の言葉もごく自然に彼の口から飛び出した。
「10年前のシャアのアクシズ落とし。あれを阻止したのは我が軍とネオジオンのモビルスーツ連合部隊による火事場の馬鹿力だったという話ですが、それは・・・アムロ・レイの93式一機の力で、あれほどの質量を持つアクシズが押し戻せるはずがないという一般見解からでした。しかし・・・あの現場から生還したパイロット達は一様に、νガンダムの底力について証言していたそうです」
「・・・νガンダムは、伊達じゃない・・・か。つまりそういう力が、サイコミュ兵器にはあり得るということか・・・」
「艦長、グリフォン最接近します。接触まであと30秒! カウントダウン開始します」
「よおし、仰角を確保できたら推力全速! 一気にトラップから脱出を図る」
 対話は中断された。テネレのブリッジからも、グリフォンの蒼い船体が闇の中から浮上してくるのが確認できた。ブリッジの乗組員の誰もが固唾を呑んだ。

 リンク・P・プルサードは、圧搾空気のスチームバスを借りて汗を流し、しかしパイロットスーツの替えがないためまだ汗を吸い込んだままの自分のノーマルスーツに足を通したところだった。小物入れに予備の下着とTシャツを常備していたのは幸いだった。
 彼女のノーマルスーツは、背中の生命維持機構に注意すれば、ツナギのように腰の位置で両袖を回して縛りつけておける軽装のパイロットスーツだった。もちろん、ヘルメットは外しておかなくてはならない。
 それにしても、グリフォンの空調とは雲泥の差のひどいにおいだと、プルは顔をゆがめる。ランチボックスの中身がどんなに高級でも、食欲は減退するばかりだ。
「へえ・・・民間のノーマルスーツはファッショナブルにできてるのね。だけどちゃんと袖を通しときな。今この艦もグリフォンも非常態勢中だ」
 モビルスーツハンガーに戻ってきた彼女に、パイロットの一人が注意を促した。グリフォン接触まで3分を切ったところだった。
「どうしたんですか? シャワー室、スピーカー壊れてても聞こえなかった」
 プルはそう言いながらも、周囲のざわついた空気を敏感に感じ取っていた。彼女は、自分がかつてのネオジオンによって強化調整を施された、人工的なニュータイプ能力者であることを隠しておかなければならない。本来なら連邦軍籍の巡洋艦などには、わずかな時間でも滞在していたくはないのだ。
 現在の連邦軍には、あのティターンズのような極右思想の派閥は存在しないが、やはりジオン出身者に対する視線というものは残っている。それが強化人間となれば、好奇の目で見られるだけという程度ではすまないかもしれないのだ。
 ただでさえ若い娘のパイロットという、興味の対象として充分な要素を振りまいているのだから、振る舞いについては慎重に構えていなければならない。
 しかし、パイロット達に状況を聞かされた彼女は慌てた。
「あたしのモビルスーツ、棄てちゃったの?」
「棄てちゃいないさ。ただ、インコム搭載機なんだろ? 悪いが動力は停止させてある。サイコフレーム仕様の機体は全て電源カットしろと言われてるんでね」
 インコム? ああ、そうかとプルは安堵した。サイコフレームはコクピットに乗り込んだからといって、それだと判別できるものではないが、リゲルグ・シルエットに連結装備してあるファンネル・フラワーは、誰が見てもサイコミュ誘導機だとすぐに分かる。
 これをかわすために、今回の出場の際に、グリフォンのメカニック達はファンネルとリゲルグ・シルエットを、それっぽいケーブルでつないでおいた。ラッチ側には巧妙にウインチ機構もでっちあげて取り付けてある。怪しげなマーキングの是非で彼女がキャプテンにかみついている間に、ハンガーではリゲルグ・シルエットの偽装工作が行われていたのである。
 有線誘導ならばインコムだという、連邦パイロットの常識の裏をかいた作戦だ。それならばコクピットにサイコフレームが使われていても怪しまれることはない。
「もう時間だ。そこに座って身体を固定してな」
「グリフォンがぶつかるって、なんで?」
「この艦がトラップに捕まったのさ。まったく、ろくな操舵もできないんだから」
 モビルスーツ乗り達は口々に船乗りへの悪態をつく。
 そのとき、足下から強烈な衝撃が突き上げてきた。プルは身体を固定する暇もなく、宙にはねとばされるが、ガストンの太い腕に小脇を抱えられ、危うく壁に激突するのを避けることができた。
「荒っぽいなあ、海賊船め!」
「大丈夫なんだろうなあ、この艦」
「ち、ちょっと、電源落としたってウソじゃないの! うちの子とνガンダムが動いてるわよ!」
「えっ!?」
 待機ボックスに開かれたハンガーを覗く窓の向こうで、点検用ケーブルを引きちぎるRX-94と、振り向きざまに巨大な型のアーマーで周囲の機材をなぎ払うリゲルグ・シルエットの姿が見えた。
 プルとガストンは、お互いの顔を見合わせ、慌ててヘルメットを掴んでエアロックに飛び込んだ。

「グリフォン、艦底に激突っ! 艦首に仰角方向へのモーメントが発生しています」
 誰かが叫んだ。言われなくとも、誰もが艦底部から突き飛ばされるような強い衝撃に耐えていた。それにしても、全速で飛び込んできた船体に適度なタイミングで制動をかけ、その慣性をうち消すと同時に船底部のスラスターをフルパワーで吹かしてくる操船技術は見上げたものだと、コーラン艦長は驚いていた。
「まるでモビルアーマーの挙動じゃないかっ」
 シノザカ副長も舌を巻く。
「シン・トドロキはこんな操船をやるのかっ、これがZあがりの・・・」
「指示しているのは彼だろうが、舵輪を握っているやつのセンスが群を抜いているのだ。モビルアーマーの操縦に長けていると見た。ジオン系の人間だな!」
 コーラン艦長は、戦時下でもなく、敵対行動中でもないということには感謝していた。もしこれが本当の海賊船であるか、敵の攻撃であったなら、テネレの乗組員では歯が立たなかったかもしれない。
「耐えろよ! わずかに残されたタイミングを待つのだ!!」
「艦長、格納庫に異常振動、も、モビルアーマーが稼働状態に入っているようです!」
「なに? なんと言った?」
「か、格納庫のハッチが中から破られます・・・デューンが・・・モビルアーマーが自分で!」
 ブリッジ内に鈍い金属音と艦のきしみが伝わってきた。
 その耳障りな音と振動は、グリフォンにも轟く。艦の相対規模からなのか、むしろ船体をぶつけていったグリフォンの方が激しく揺さぶられる結果となった。
「歯ぁくいしばれえ! 船底前部のスラスター、推進剤を使い切ってもいいからテネレを持ち上げろ!」
「第二デッキの本船側連結ブロックが破損しました。切り離すなら今のうちですが」
「まだだっ、もぎ取れるまでは放っておけ!」
「キャプテン、テネレで何か騒ぎが起きてるようです! 94式とうちのモドキが暴走してるとかなんとか言ってます」
「なんだそりゃあ? この忙しいときに!」
「テネレから小型艦艇らしきものが離脱! ・・・なんだろう、これ? モビルアーマー!?」
「モビルアーマーだと!? 軍がそんなものを開発してるのか」
 ヒトミのつぶやきを、ワインは聞き逃さなかった。しかしこの局面で、なぜモビルアーマーがテネレから出撃するのか、理解できなかった。すでにテネレを持ち上げるグリフォンの角度は、テネレを脱出させられるだけの仰角を稼いでいるのだ。
「テネレ、最大噴射をかけます。こちらも離脱して下さい!」
「おうっ、ワイン、デッキ上部補助スラスター開け!」
「よーそろっ・・・どうしたロイ、右舷スラスターが応答しないぞ!」
「今予備回線に切り替えてます! けどこりゃダメだ、激突の衝撃で・・・」
「いかん、左舷だけでは推力が足りん! なんとか回線を復旧させられないか!?」
「やるだけはやりますがっ!」
 ワインとロイのやりとりを聞きながら、キャプテン・トドロキは吐き捨てるように言った。
「何が強襲揚陸艦だ、もろすぎる・・・が、普通なら圧壊ってか・・・」
「テネレが最大戦速で離脱します。艦底を第二デッキにこすりつけていきます。再接触まで約7秒!」
「衝撃に備えろ!」
 キャプテンが叫ぶと同時に、右舷方向へ投げ飛ばされるような衝撃が襲ってきた。

 モビルアーマーは無人のまま、それこそ無断で内部から隔壁を突破してテネレの外へ飛び出していた。だがテネレのモビルスーツデッキは、これを為す術もなく見送ることしかできなかった。
 動力を落としていたはずのRX-94が、パイロットを乗せぬままに再起動し、ハンガー内で動き始めたのである。これに呼応するように、リゲルグ・シルエットまでもが、無表情なモノ・アイを光らせ、あとに続こうとする。
「なにをしているか! 強制停止コードを使えっ」
「コードを受け付けません! 完全に暴走しています!」
「冗談じゃないぞ、俺はここに居るんだ」
 ガストン・ライアは怒鳴り散らすしかなかった。その傍らを、プルの赤いノーマルスーツがすり抜け、リゲルグ・シルエットのハッチに取り付こうとする。幸か不幸か、ハッチは開放されたままであった。
「やめろ、お嬢ちゃん!」
「だけど、せめてこの子達を外へ放出しないと、ハンガーのみんなが犠牲になるわっ」
「そいつで94式が停められるものか、お前のだって暴走しているだろうが」
『みんな、急いでアラートに入ってドアをロックしてっ』
 ガストンは珍しくうろたえていた。あの子供っけの抜けていない小娘のどこに、これほどのガッツが秘められていたのだ? そう思ううちに、リゲルグ・シルエットは不思議な反応を示した。
「やっぱりサイコフレームが何かに操られるのね。手足もろくに動かない・・・でもっ!」
 プルは背部ユニットの全スラスターに強制点火する。瞬間的な爆発力を得たリゲルグ・シルエットは、つんのめるようにして前方のRX-94に体当たりをくらわせた。その勢いは、ハンガーの隔壁をこじ開けつつあったRX-94もろとも、テネレの艦外に飛び出すだけの威力を発揮した。
 2体のモビルスーツは吹き荒れる嵐の中に舞い散る木の葉のように、漆黒の空間に放り出されていった。
 いや、プルは目にした。闇の中を一瞬よぎった光。その輝きが、光の奔流となって彼女の全身を包み込む様を。

 テネレの脱出運動エネルギーを受けたグリフォンは、右舷方向への回転モーメントをうち消すことができず、船体を徐々に傾けていった。
「大変だ! トラップはすぐそこまで迫っているのに」
 ヤマトは叫んでみたものの、自分に何ができるわけでもなく、必死に船内の揺れに対抗していた。そのとき、彼の耳に・・・いや、脳裏に、かすかな声がこだました。
「えっ? プルさん・・・?」
 ヤマトは振動を利用して重力ブロックの外へ流れ出ると、右舷側の天窓を見つけてそこに取り付いた。
「ああっ・・・ブリッジが!」
 その位置からはブリッジの全容が見えるはずだった。だが、キャプテン・トドロキ達の居る第一艦橋は、すでに闇に閉ざされたかのように消失していた。
「キャプテンっ、ブリッジ聞こえますか!?」
 シフト上義務づけられてかぶっているヘルメットの通信装置でブリッジを呼び出そうとしたが、ノイズが激しく、応答がない。こちらの声が届いているかどうかも分からなかった。
 不意に、通路の照明が切れた。すぐに非常灯が光り出すが、電圧が上がらないのか、これもすぐに消えてしまった。非常電源に異常が生じるほどのトラブルなのかと想像したヤマトは、慌ててヘルメットのバイザーを降ろし、ノーマルスーツの生命維持機構を、教えられたとおりにサバイバルモードへ切り替える。
 彼を包み込んでいるのは、音も光も途絶えた闇の広がりだけだ。
 その闇の空間を凝視しても何が見えるはずもなかったが、ヤマトには感じられた。トラップに飲み込まれるグリフォンのすぐそばを、プルのリゲルグ・シルエットが同じ方向に落ちていくのを・・・
「! プルさん・・・・プルさんっ」
 窓を力任せに叩く。だが感情に流されたヤマトは、自ら叩いた窓から反作用を受け、無様にはじき飛ばされてしまった。彼にはグリフォンの沈降も、リゲルグ・シルエットの消失も救うことができない。やがて彼の視界から、グリフォンの右舷デッキも見えなくなっていった。
 ヤマトはどうすることもできないまま、背中を壁にぶつけて通路を転がる。
「こんな・・・こんなことが・・・何もできないなんてっ」
 もがきながら何度か壁に当たってたどり着いたところは、艦橋に上がるエレベータシャフトのドアであった。ブリッジはどうなってしまったのか、船内の気密がいつまで持つのか。プルを助けなければ・・・
 ヤマトの心を突き動かす何かが、彼をエレベータの中へ引き込む。
 エレベータは重力下運用時の移動機構であるため、シャフトの最下層に降りたまま固定されていた。ヤマトは「ばっかやろうっ」とわめきながら、入り口の床を蹴ってブリッジへ身体を投げ出した。
 


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